お客様に寄り添った小売販売を続けていくために
東京都荒川区の「日暮里繊維街」と言えば、手芸好きにはよく知られた資材調達のメッカ。生地や糸、皮革、ボタンなど、手芸で必要なものの多くがここにあり、ここでしか手に入らない商品も多い。
その中で、最もよく知られた存在が生地専門店の株式会社トマト。本館やアーチ館など、繊維街に5店舗を構えており、日本全国はもちろん、近年は海外からの来店者も多い。
そのトマトに導入され力を発揮しているのが昇華転写型インクジェットプリンタ(IJP)「JV300-160」と捺染顔料インクジェットプリンタ「Tx300P-1800B」、そしてモンティアントニオ社の熱転写機「Mod.856 」だ。
社内からは「なぜ今、デジタルプリント?」という声も導入当時にはあったそうだが、現在どう活用しているのかを探ってみた。
トマト独自のものを!
トマトは親会社が布のプリントを行う企業で、創業時は親会社が製造する際に出るB反、C反と呼ばれる生地を小売向けに販売していた。
その品数は豊富で、これだけの柄数・生地の種類を揃えて小売販売しているのは、日本ではわずかしかない。
「お客様に寄り添った小売販売を」というのは同社の碓井保邦社長。日本で作られた生地の95%がトマトで手に入るという圧倒的な品揃えは、来店者をがっかりさせないものだ。
ただ、同社の難波薫哉部長は「小売りが難しい課題を持った時代」と現状を見ている。今はネット通販などでも生地が購入可能で、来店し色や柄、手触り感じるより、ネットで眺めて注文し、家に届いた方が良いと考えるユーザーも多い。
碓井社長は「小売店の優位性とは何だろうか」という思いとともに、さまざまな方法を考えた。「ネット販売も当初は来店してくれるお客様に申し訳ない」という思いがあり、なかなか実行できなかったという。
同店では日本で作られた柄のほとんどが手に入るが、「トマトでなければ手に入らない」という柄はごくわずかであることも事実だった。一方で、アパレルメーカーが自社で生地を生産するケースも増えており、しっかりと立ち位置を確保するには、同社独自の商品を作る必要があった。
そこで出会ったのが、インクジェットプリントによる少量生産だった。
生地を染めるには
今でもそうだが、染工場に依頼して生地を染めるには1柄3000mほど生産する必要がある。このため、あまりに個性的な柄、自店舗でしか取り扱わない柄であれば、在庫の保管場所や売れ残りの心配があり、作ることをためらってしまうケースがあった。
少量生産可能な方法を模索していたところに、IJPを知ることになった。
「IJPについて知ったのは、ずいぶん前」だったという碓井社長。
その2013年当時はまだ品質もスピードも、水準に達していないという印象の上、自社でプリントすることには、生地メーカーとの付き合いから遠慮もあり、すぐに導入には至らなかった。
デザイン部門を新設
実際の導入は2016年、冒頭で紹介した昇華転写型の「JV300-160」とモンティアントニオ社の熱転写機「Mod.856 」が設備された。
機種選定では、昇華転写型IJPであることを重視。この方式は転写装置との組み合わせのみで、洗浄や乾燥などの後処理が必要なく、商品完成までの工程が少ない。また、機器の大きさもちょうど良く、日暮里という都心に工房を置くトマトには非常にメリットがあった。
また、先行してプリントを内製化していた他社からも「ミマキが良い」と勧められたという。
続いて2017年には捺染顔料型「Tx300P-1800B」を導入。ダイレクトプリントでの布への出力に対応し、より幅広い素材へのプリントが可能になった。
難波部長は「大判プリンタによるプリントも、転写も初めてでした」と振り返る。
導入に当たっては、高圧電源や換気の設備を整え、ウッドデッキ風のおしゃれな工房を日暮里の店舗近くに開設した。
さらに同社にはなかったデザイン部門も立ち上げ、新たに2人の女性デザイナーを採用し体制を整えた。
なんと、プリンタの操作もこの2人のデザイナーがほぼすべてをこなす。
もちろん当初は、プリントで思った色が出ない、転写作業で時間がかかるなどの苦労はあったが、それも徐々に解消し、今は一通りの布に思った通りの発色で柄を出せるようになっている。
一番良かったのは…
オリジナル生地作成のシステムが稼働し、これまで3000mからしか作れなかった商品が、非常に少量でできるようになった。
碓井社長は「自社で生産できることにより、お客様のリクエストなどを実現できるようになりました」と新たな展開があったことを話す。
実際に店舗では「桜」や「蜘蛛の巣」「雷」「星空」など、デジタルプリントされた個性的な商品が並ぶ。
オリジナルプリントがごく少量で生産することができるので、売れ残りを心配することなく奇抜なデザインを作成可能。売れ行きが良ければ追加生産や色のバリエーションを増やすなど、細やかに対応できる。
また、BtoBの大量注文でも良い影響が出ている。
インクジェットプリンタで少量をサンプル出力することにより、得意先との打ち合わせがしやすくなった。
生地や色味を少しずつ変えたデザインを1mずつ作って見せるというきめ細やかな対応により「商談がスムーズになり、受注率も上がっている」という。
難波部長は「サンプルを低コストで作れるので、たとえその時は話がまとまらなくても、トマトに頼めば少量でも作ってくれるという認識が広まり、次につながる商談が多い」と話す。
納期もデジタルであれば、最短で1週間前後で納品可能。色柄確認サンプルであれば当日作るケースもある。
従来は染工場に頼めば最低でも2週間程度、通常約1カ月以上かかっていた仕事を非常に短い時間で終えられる。
「何よりもいいのは、自分たちの手でコントロールできる部分が増えたこと」と碓井社長は評価する。染工場に出せば色が多少違っても修正が容易でなかったりしたものが、自社のデジタルプリントであれば、納得がいくまで何度でも修正をかけられる。
活動に広がり
トマトでは生地のデジタルプリントにとどまらず、フラッグやのぼり、はんてんなどの製作も受注している。
従来の取引先から「こんな柄で作れないか」というデザインの持ち込みも増えており「100m、200mはちょうどいいが、500mだとさばききれるかどうか」という個性的な柄でも無駄なく生産できる。
こういった仕事は少量・短納期で生産するため、「デジタルならではの手離れのいい案件」。製版や大掛かりな印刷機を使わないデジタルプリントの良さが生かされている。
デジタルプリントの導入は、社会貢献にもつながった。
文化服装学院と荒川地域猫連絡協会とのコラボでは、協力・協賛として参加者十数名がAdobe Illustratorで描いたデザインのうち優秀な上位10柄を自社でプリントしている。
また、商品化として手ぬぐい生地の販売も行い、売り上げの一部を保護団体に寄付している。
プリンタを使いつくす
トマトのデジタルプリント部門はラボ的な役割も果たしている。
デザイナー2人がさまざまな柄を試すとともにさまざまな生地にもテストプリントしていき、どのような仕上がりなるのか日々勉強している。
「もっとも大きい変化は店舗側がデジタルプリントの使い方を理解してくれたこと」と難波部長。実は導入前には「なぜ今、デジタルプリント?」という声もあったが、実績が重なるうちに、店舗側にもその少量・短納期・製版なしというプリンタの活用法が浸透していったという。
「店員が聞いたお客様の声をすぐに反映できるようになりました」と碓井社長。
店舗で「星空の柄はないの?」と聞かれれば、店がリクエストし、工房でデザイナー2人が、「それをデザイン開発に生かしてみよう」とすぐに制作に取り組める。
これらの要望から作られるものはビジネス向けで、店舗で購入する顧客も手芸店などビジネスユーザーがほとんどだ。同社ではコンシューマ向けの販売も今後は力を入れていきたいとしており、ネット販売も店舗との関係性を見ながら強化していく構えだ。
碓井社長は「うちにしかない商品をたくさん置いて、多くの方に喜んでいただきたいです。産学連携や社会貢献も含めた活動で勉強しながら、お客様の期待に応えていきます」と笑顔を見せる。
<導入製品>
昇華転写インクジェットプリンタ:JV300-160
昇華転写プレス機:Monti Antonio Mod.856
ベルト搬送方式ダイレクト捺染インクジェットプリンタ:Tx300P-1800B
企業・団体プロフィール
- 名称株式会社トマト
- 業種生地の卸売り及び小売り
- 住所東京都荒川区東日暮里6-44-6
- 電話番号03-5850-3080
- URLhttps://www.nippori-tomato-onlineshop.com/